丹後半島一周
10月から名古屋に引っ越すことになりましたので、今日が最後の週末です。
以前から丹後半島最北端の経ヶ岬には行ってみたかったので、思い切って丹後半島一周することにしました。
伊根には以前に一度来ているので、余裕の1時間くらいで到着しました。
同じ伊根町ですが、北に向かって新井、泊、本庄、蒲入という集落があり経ヶ岬に向かいます。山沿いの国道を通ると新井、泊、本庄はパスできるのですが、海沿いの旧道を選択しました。
新井
伊根と新井の間の峠が一番しんどかったような気がします。身体が登り坂に対応できずにゼエゼエいいながら峠を越えました。新井は棚田が綺麗な集落です。
泊
一つ目の峠でかなり自信を失い、せっかく登ってもまた集落に着くと海抜ゼロメートルまで戻されるので精神的に非常に辛いトレーニングでした。海は綺麗なんだけどな。。。。
泊が一番国道に近かったので、国道に逃げてこの辺で帰ろうかと真剣に悩みましたが、弱い心に鞭を打ってまた坂を登り始めました。
しかし、登るとそれなりに景色もいいので少し疲れが癒されます。
本庄
本庄は小さな川があり、そのまわりに田畑があるので今までの漁業集落とは雰囲気が違います。
ここで仕事の電話が入り、最悪来た道を戻らなくてはいけない危機が迫りましたが、可愛い後輩が対応してくれることになったので、私は北に進みました。
丹後半島の東側は断崖絶壁で、ところどころ沖に奇岩があるところが北海道の積丹半島に似ています。北海道はこんなに木が生えていないのでもっと殺伐としてますが、、、
蒲入
本庄から蒲入の間は国道に戻り、勾配は緩やかで道も綺麗なのですが、距離が長く、太腿が悲鳴をあげていたので峠の途中で休憩を入れてしまいました。
蒲入は大きな集落で漁港以外に織物工場もあるそうです。
何しろ一番嬉しかったのは、海抜ゼロまで戻されることなく通過できることです。
通過したところに展望台があり、素晴らしい絶景でした。
南側は通って来た道が見ることができます。
北側は当面の目標である経ケ岬の灯台までみることができます。(小さいですが)
岬までの道は写真の通りにそれほど勾配はありませんが、すでに太腿がパンパンになっており、微妙な勾配でも辛くなってきました。
散歩しているおばさんに「どこから来なさった?」と聞かれたので「与謝野町です」と答えたところ「なんじゃ近くじゃね。ここも与謝郡じゃけね」といわれショックを受けました。
経ケ岬
国道にあるバス停から岬に向かってちょっと道があるのですが、そこがまた登り坂で、、、ちょっと押して歩きました。。
駐車場に自転車を置いて灯台に向かいましたが、また登りで太腿がピクピク泣き始めました。
駐車場から下の写真のように登ってしまいました。。
苦労した甲斐があって灯台からの景色は最高でした。
天気も良くなってきました。
やはり積丹半島っぽいです。
斯城(このしろ)
岬から先も勾配は緩やかだったのですが、身体が悲鳴をあげておりちょっとでも登りになると激痛が走ります。それでもなんとか丹後松島という名勝を眺めることができるレストランに到着したのでたっぷり休憩をすることにしました。
与謝野町のローソンを出てからコンビニはもちろん、開店している商店は一つもなかったと思います。
レストランからの丹後松島。
食事して少し身体が動くようになったので、レストランの前のベンチでしっかりストレッチをしたところ、なんとなく帰れる自信が湧いてきました。
間人(たいざ)
難読地名の間人という街(集落より大きい。銀行あるし)まで微妙に勾配はありましたが、体調も復活してきました。ちょっと寄り道して京丹後市立古代の里資料館を見ようと思いましたが、なぜか閉館。
この時点ですでに朝から60km以上走っており、私の限界が80kmなので間人から峰山(京丹後鉄道の駅がある)までは黙々と自転車をこぎ、14時に峰山に到着。
峰山で70kmを超えたし、最後に与謝野町に入るところに峠があるので最上級の気合を入れて走り、最後苦しみましたが15時前にレオパレスに到着しました。
下の地図を見ると伊根町の断崖に苦しめられたのが良くわかります。
トータル86kmということですが、驚いたのが高度2000m超えです。
200mぐらいの勾配を何度か上り下りしたので1000mは超えていると思いましたが、身体が悲鳴をあげるはずです。
マウンテンバイクで一周できましたのでロードの方はもっと楽だと思います。
景色もいいのでオススメです。
阿蘇海
今日は朝から曇り空でしたが、今週の天気予報を見ると毎日雨でしたので濡れる覚悟でジョギングに出かけました。
今日の目標は阿蘇海一周です。
天橋立の内側の海を阿蘇海と言いますが、一周で15km以上あると予想していましたが、結局13.8kmでした。
低い雲が垂れ込めてポツポツ雨が降り出しましたがこの辺までは元気に走っていました。
阿蘇海の周回は一部を除いて写真のような遊歩道ができていて、車を気にせず走ることができます。
天橋立の入り口までちょうど5km、料金でも取られるのではないかと思ってましたが、誰でも入れるし、自転車でも通過できるしっかりした道がありました。
天橋立の砂洲は3kmぐらいですが、淡々と松並木が続きます。
砂浜に出てみましたが、、、意外と普通。。。山の上から見ると綺麗ですが、降りてくるとそうでもないです。砂浜は福岡の海の中道や唐津市の虹の松原の方が綺麗です。
天橋立を過ぎて8km地点の観光船乗り場あたりで足が痛くなり、そこから5kmは最後まで徒歩でした。
雨もかなり強くなってきたので写真もありません。雨の中をトボトボ歩くのは東海大学付属第五高等学校時代の耐寒行進以来でしたが、意外と気持ちいいですね。
大江山
4時出発
与謝野町の東側に連なる大江山連峰に登るために朝4時に出発しました。
麓まで8kmくらいあるのですが、車も無いしバスも走って無いので徒歩です。
ようやく山が近くに見えた頃に夜明け、頂上にちょっと雲がかかっているのが気になりました。
ようやく上り坂が始まるポイントに到着したのが6時20分でした。
斜面には棚田が広がり非常に爽快です。
途中に与謝野礼厳追念碑というのがありました。与謝野鉄幹の父親だそうです。
とりあえずの目標地点「かや山の家」に到着したのが7時、すでに3時間も歩き続けています。
かや山の家からの景色は下記の写真の通りです。少し標高が上がりました。
さらにそこから1時間ほど登ると池ヶ成公園というキャンプ場に到着します。
ここまで4時間かかりましたが、ここまでは車でも来れるので車があれば30分です。
ようやく山登りらしくなってきました。
30分も登ると平坦な場所に山小屋があります。
さらに30分登ると、鍋倉山の頂上に到着します。
頂上までの斜面は緩やかですが、昨日の雨が残って滑りやすくなっていました。
到着した時には雲がかかっていたのですが、疲れてぐったり仮眠を取っているうちに雲が晴れてきました。
鍋倉山から南に向けて鳩ヶ峰、仙丈ヶ嶽と南に縦走できるようになっていますが、背の高い木が少なく眺望の良い稜線です。
しかし、すでに5時間も歩いているのでこの時点ではどこかで下に降りようと考えていました。向こうの雲に隠れているのが仙丈ヶ嶽なのですが、すっかり戦意喪失していました。
それでも怪我をしないようにゆっくり坂を下りましたが、見通しもよく、道も綺麗なので迷わずのんびり歩けました。
少し下ったところで、鍋倉山を振り返ると下の写真の通り、鍋をひっくり返したような形です。
鍋倉山と鳩ヶ峰の間に休憩所があり、なんと宮津市側から車で上がって来れます。
このまま歩いて降りようという誘惑もありましたが、心を鬼にして次の登りに向かいました。
鳩ヶ峰までの登りは相変わらず緩やかなで、のんびり歩けばそのうち着きます。
先ほどの駐車場まで車で来れば、30分ぐらいの軽い登山が楽しめるというわけですね。。
鳩ヶ峰の頂上に着いたのが11時、4時にうちを出てから7時間も歩いています。
さすがに疲れてきましたが、ここまできたら先に進むしかありません。
すっかり天気もよくなり、景色もいいので多少元気が出てきました。
鳩ヶ峰から南の与謝峠方向の景色です。すすきが開いていました。
尾根の道も綺麗で非常に歩きやすいので、疲れが取れます。
最後の仙丈ヶ嶽の登りは傾斜も強く連続しているので、途中で何度か太ももの筋肉が痙攣を起こしました。急ぐ理由もないので、休みながらゆっくり登りました。
最高地点に到着した時にちょうど12時のサイレンが鳴りました。
頂上はかなり広い芝生で快適です。
ベンチの上でゆっくりストレッチをして、痙攣していた筋肉を癒しました。
私は膝が弱いので下り道が苦手です。昔富士山の下山中に怪我をしたトラウマがあり極端に小さい歩幅で足場を確認しながら下りますので結構疲れます。
頂上から隣の赤石ヶ岳をみると標高で300mも下りなくてはいけないので寒気がしました。
しかしながら、仙丈ヶ嶽から南の斜面は意外となだらかで足場もよく心配無用でした。
芝生をひいているんじゃないかと思われるようなきれいな道もあります。
途中で二組ほど家族連れとすれ違いましたが、仙丈ヶ嶽の南側の道であれば小さなお子さんでも大丈夫です。
隣の赤石ヶ岳との間の尾根に到着したのが13時30分、与謝峠からのバスは13時40分で、もう間に合わないし、次のバスが17時でしたので、ここからのんびり行くことにしました。
赤石ヶ岳の手前で与謝野町側に降りると、双峰公園があります。
公園には宿泊施設や大浴場もあるようで、立派なキャンプ場や駐車場もありましたが、全く人の気配がありませんでした。
ここまでは道路も舗装されているので、まっすぐ町まで下に降りることもできますが、バスの時間まで間がありますので赤石林道を通って与謝峠に向かいました。
赤石林道も立派に舗装されており、途中からの眺望もよく散歩にはもってこいです。
加悦谷を南から眺めている写真ですが、朝からずっと北から歩いてきたことになります。集落が連なる道をちりめん街道といい、丹後ちりめんを京都まで運んだ道ですが、歴史を感じます。
与謝峠は現在トンネルになっているのですが、今はほとんど人が通らない旧道をとおりました。すっかり荒れてしまった国道で街灯もないので肝試しにはもってこいだと思います。昼間でも結構怖いです。
最後は福知山市に入ってすぐのところにある、蕎麦屋「鬼そば」です。
水上勉がよく来たお店だそうです。ここからバスで40分で自宅のそばまで帰れますが、11時間歩いて40分で帰るのはなんとも言えません。
iPhoneによると、1日の歩数は45,613歩、距離が33.01km
上った階段がビル90階分だそうですが、海抜ゼロから800mの山を縦走しているので900mぐらいだと思います。
成相寺(なりあいじ)
成相寺
今日は天気が良さそうだったので4時前に起きて成相寺に行くことにしました。
成相寺は標高500mくらいの山の中腹にあるのですが、舗装道路もあるので実は車でもいけます。
私は車も無いし、バスも走っている時間じゃないのでウチから歩いて行くことにしました。
結局到着したのは6時ぐらいでもう明るくなってしまいました。
山の上に立派な五重塔があるのにびっくりしました。
見るからに昭和に作ったような綺麗な五重塔です。
お寺は8時開門と書いてありましたが特に門が閉まっているわけではありません。誰もいないので展望台に行ってみました。
まあ素晴らしい晴天で、私が住んでいるのは写真に見える湾(阿蘇海)の奥の集落です。雲海が垂れ込めている谷が与謝野町の加悦(かや)地区です。
向こうの山にも登りたくなりました。
この位置からもう少し上に成相山パノラマ展望台というのがあります。
もう少し上に鼓ヶ岳の頂上があるのでそこまで登ってみました。途中で見える海がスーパー美しく、心が洗われます。
頂上に近くなっても舗装された林道があり、登山という感じではありませんが、300m手前で草がひどくなったので撤収しました。
長ズボンだったら気にしないで登るところですが、今日は半ズボンで登っていました。
登頂を断念して成相寺に戻った頃には8時になりましたので、しっかり入山料をお支払いして参拝させていただきました。
先ほどのパノラマ展望台もお寺の敷地なので、実は入山料を払わないと入れないそうです。
成相寺から有名な笠松公園まではバスが通れる道がありますが、バス専用道路になっていて、一般車両は通行できません。
- とぼとぼ歩いて笠松公園まで降りていきます。
笠松公園が一番標高が低いのですが、標高が高い順番に天橋立を並べてみましたので、お楽しみください。
安芸の宮島も、宮城の松島も見たことがありますのでこれで日本三景制覇です。
私は昔から膝が悪くて下りの方が辛いので、帰りは笠松公園からケーブルカーで下山しました。
下山してもまだ9時でしたので、昼ごはんと晩ごはんの買い物を済ませてバスで帰宅。
夏休みなので観光船もいっぱいです。
丹後の国
今日は特に予定の無い休日で天気も良かったので、午前中に近所を散策しました。
西光寺
私の自宅のすぐ近くにある西光寺は由緒あるお寺のようで門構えがしっかりしています。庭園もあるようですが、今日は中には入りませんでした。
丹後国分寺跡
国分寺跡は全国にたくさんありますが、なにしろ奈良時代のものなのでどこも石の土台が残っているだけですね。
丹後一宮 元伊勢籠神社
籠神社と書いて(このじんじゃ)と読むそうですが、元伊勢ということで伊勢神宮の元祖らしいです。伊勢神宮テイストの境内は撮影禁止でしたので、参道から。
真名井神社
籠神社の奥宮といわれる真名井神社はちょっと山側に入ったところにあります。
狛犬ではなくて龍神様が両側にいます。
大宝年間に発生した大津波がここまで来たという記録があるそうです。
伊根湾
私の自宅から伊根湾まで20kmくらいなので、自転車でも1時間ぐらいで着きます。なにしろ朝から天気が良くて、青い海と山の深い緑を堪能した1日でした。
次は気合い入れて経ヶ岬(40kmくらい)まで行きたいと思います。
西舞鶴・宮津
土曜日と日曜日で大阪まで往復してきました。
台風の影響でJRが止まっていたので高速バスを使いましたが、行きは西舞鶴経由、帰りは宮津経由で帰ってきました。
どちらもバスの待ち時間がたっぷりあったので街を散策してきました。
西舞鶴
西舞鶴駅の近くの田辺城跡に行ってきました。
明治にはいって廃城になったため発掘した石垣と城門がちょっと残っているだけでほとんど公園になっています。
城門の二階が無料の資料館になっており、親切なおじさんがDVDを流してくれました。
細川幽斎が築いた城なのですが、幽斎は舞鶴から出た跡はすぐ京都にこもって九州には一度も行かずに亡くなったということを初めて知りました。
細川家の資料は熊本か東京の永青文庫、京都の天授庵(南禅寺塔頭)に集まっているので舞鶴にはほとんど残っていません。寂しいですね。
宮津
帰りは高速バスで宮津駅まできて路線バスに乗り換えましたが、待ち時間が1時間あったので街中を散歩しました。
川を海まで歩いたところに海上保安庁の船が止まっているのですが、その横に宮津高校の艇庫がありました。
艇庫はあるものの浮船台が無いので、何処から船を下すのかとおもいましたが、多分下の写真にあるところからかな。。。結構怖いな。。
キセンバ港町
高速バスと路線バスを乗り換えるタイミングで買い物をしようと思ったんですが、宮津駅の近くにはスーパーもコンビニもありません。
バス停を一つ歩くとキセンバ港町というバス停があり、スーパーもあり高速バスも止まるので次回からはここで時間をつぶすようにしたいと思います。
一見つぶれたボーリング場のような建物ですが、中にはしっかりしたスーパーもありました。
キセンバ港町にはちょっと洒落た待合室もあるので時間潰せます。
待合室の奥で売っていた「丹後でダンゴ」というダンゴを買ってしまいましたが、柔かくてうまいダンゴでした。時間が経って冷えても柔らかいままでした。